愛宕山から浅草へ降った裸の男
どんな伝承か
文化七年七月二十四日の夜、江戸浅草の南馬道の竹門のそばに、空から素裸の二十五、六の男が降って来て、茫然と立っていた。番所で介抱されて正気づいた男が語るには、自分は京都の油小路二条上ルの安井御門跡の家臣伊藤内膳の長男安次郎で、七月十八日の朝、友人らと洛北の愛宕山へ詣で、暑さに裸で涼んでいると、老僧が来て面白いものを見せるから来いと言い、裸のままついて行ったところまでしか覚えていないという。江戸の浅草と知らされると泣き出した。足袋は京都製で泥ひとつ付いていなかった。人々が衣服を与えて役所へ届け、京都の親元から迎えが来た。社前で裸になったのを愛宕の天狗が罰したのだと言われたという。
原典より
江戸の淺草南馬道竹門の傍へ、衣もせぬ赤裸の二十五六才の男子が、空から降つて來て茫然として立てゐるのを町内の若者が湯屋の歸りに見付けて驚いて逃げようとしたとき、裸男が地上へ倒れた。—— 幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談)
『幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵』は、岡田蒼溟による霊怪の事例集である。祟る石、出雲の瀧姫行者、神西湖の妖怪、但馬の抜け首、黄金の精、海の牛鬼、天狗などの怪異を、著者自身の見聞や知人の談話、古い文書からの移載によって集め、明治・大正期の出雲や松江周辺の事例を多く含む。項目によっては【解題】や註を添え、事例の後に「第二編」と附録の「天狗考」を続け、巻末の「解説の欄」で生霊・疫神・物体の飛来などを心霊研究の立場から論じる。