吉田宿に相次いだ降札と熱狂
どんな伝承か
牟呂村や羽田村に続いて、慶応三年の七月末から八月にかけて、東海道の吉田宿でもお札が次々と降った。降札のあった所では酒が振る舞われ、餅が投げられ、俄が演じられて、宿場は「ええじゃないか」の熱狂に包まれた。
原典より
七月末から八月にかけて、吉田宿にも降札が相次ぎ、振舞い酒や投げ餅、「俄」が行なわれ、「ええじゃないか」の熱狂状態が生まれた。—— 愛知民衆運動の歴史 新版 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
愛知民衆運動の歴史 新版
『愛知民衆運動の歴史 新版』は、愛知の民衆運動の歩みをたどる歴史書の新版である。慶応三年の「ええじゃないか」を扱う節で、三河国渥美郡牟呂村・羽田村に始まる伊勢神宮などのお札降りが、吉田宿、名古屋城下、稲沢・尾西・小牧・江南などへ広がった経過を、神官の留記や村の日記、『丁卯雑拾録』『感興漫筆』などの記録から跡づける。名古屋で降った札の種類と枚数の順位表を掲げ、降札を仕掛けた者をめぐる当時の見方と、騒ぎを担った民衆の姿を論じる。