灸の乱療で数人を死なせた女医者
どんな伝承か
寛延元年八月二十五日、守山領の村々に一通の触状がまわされた。他領の小倉村に住む女医者が、産前産後の別なくやたらに灸をすえるため、その療治がもとで命を落とした婦人が領内にも数人いるという。ついては今後この女医者に診察を頼んではならない、というのが触れの趣旨である。産科をあつかう女医者が村々を渡り歩いていたことと、その乱療が領主の名で名指しされるほど害をなしていたことがうかがえる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・昭和中期(推定))
本書は江戸時代の陸奥奥州守山藩領における『御用留帳』を史料とした、近世農村の医療事情と心霊現象の研究である。狐憑きや物付きなどの精神疾患が、祈禱や指籠入れ(座敷牢)によって治療された実例を14件詳述する。天明・天保の飢饉や流行疫病(疱瘡、麻疹、コレラ等)への対応と並行して、乱心者の社会的処遇、責任能力の鑑別問題、欠落(逃亡)との区別が論じられている。