トップ > 福島県の伝承 > 郡山市

命定めと恐れられた麻疹の年

所在地福島県郡山市
年代文久二年(一八六二)
登場庶民
出典疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情

どんな伝承か

文久二年、守山に麻疹が流行した。となりの二本松領でも同じ年に流行している。この年の麻疹は、二月ごろ西洋の船が長崎に伝えたものが京大阪へひろまり、江戸をへて東北にまで及んだ広範囲のものだった。江戸では夏の半ばから燃えあがり、七月半ばには身分の上下も男女の別もなくかからぬ者がいなくなった。とりわけ妊娠中や産後の女の死亡が多く、熱にうかされて水を求めて駆けだし河原へ身を投げ、井戸に入って死ぬ者もあったという。「疱瘡は器量定め、麻疹は命定め」と俗にいわれ、疱瘡より麻疹のほうが恐れられていた。

地図で位置を見る

※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・1985年(昭和60年))

『疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情』は、精神科医の昼田源四郎が昭和六十年に著した、江戸時代の村の医療を描く本である。奥州守山領(現・福島県郡山市の一部)の『御用留帳』を主な史料に、村人の暮らし、医師と医道修行、疫病と祈禱、湯治、乱心と狐憑き、受刑者の治療、行倒れの継ぎ送り、間引きと養育手当などを、書き下した原文を引いて跡づける。序と凡例、全八章、あとがき、注、索引からなり、発行所はみすず書房である。

種別から探す

麻疹流行病守山領江戸近世疱瘡

郡山市の伝承

同じ種別の伝承

同じ文献『疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情』の伝承