御柳を煎じよと説いた麻疹の廻文
どんな伝承か
享和三年は全国に麻疹が大流行し、多くの死者を出した年である。守山領にも廻文がまわされ、薬と養生の心得が細かに示された。薬は御柳、すなわち観音柳とも西河柳ともいうシダレヤナギで、樹と葉を大人は一帖三匁、小児は一匁ずつ煎じて飲む。身重の女は蓮の巻葉を別に煎じて併せ用いよという。食物は、うるだんご・甘酒・飴・黒豆・小豆・長芋・大根・干瓢などに限り、生では食べぬこと、豆腐・麩・茗荷・鰹節などは食べてよいが、油の強い魚鳥や葱の類は七十五日を過ぎるまで忌むべしと戒めている。御柳が広く用いられるようになったのは、この享和の流行からだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・1985年(昭和60年))
『疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情』は、精神科医の昼田源四郎が昭和六十年に著した、江戸時代の村の医療を描く本である。奥州守山領(現・福島県郡山市の一部)の『御用留帳』を主な史料に、村人の暮らし、医師と医道修行、疫病と祈禱、湯治、乱心と狐憑き、受刑者の治療、行倒れの継ぎ送り、間引きと養育手当などを、書き下した原文を引いて跡づける。序と凡例、全八章、あとがき、注、索引からなり、発行所はみすず書房である。