酒の上の殺しで斬罪となった藤四郎
どんな伝承か
寛延二年五月のある日、守山領舞木村の藤四郎が酒に酔ったうえで、同じ村の金右衛門を殺して逃げた。延命寺は、二人はもともと遠い親戚で日ごろは懇意であり、これはまったく酒の上の間違いである、藤四郎を仕置きしても金右衛門は生き返らない、捜索の費用で両方の家が潰れかねないと寺訴訟に出たが、許されなかった。目明しまで駆り出され、十一月十五日に召し捕らえられ、十二月四日に斬罪となった。郡中への申触れには、平生不行跡で大酒を飲むがさつ者ゆえこうした悪事に及んだのだと記されている。親の太郎兵衛と伯父も閉戸に処された。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・昭和中期(推定))
本書は江戸時代の陸奥奥州守山藩領における『御用留帳』を史料とした、近世農村の医療事情と心霊現象の研究である。狐憑きや物付きなどの精神疾患が、祈禱や指籠入れ(座敷牢)によって治療された実例を14件詳述する。天明・天保の飢饉や流行疫病(疱瘡、麻疹、コレラ等)への対応と並行して、乱心者の社会的処遇、責任能力の鑑別問題、欠落(逃亡)との区別が論じられている。