捧げ銃で落ちた衛兵の帽子
どんな伝承か
昭和十五年十月十一日、横浜沖で特別観艦式が行われた。御召艦は比叡で、砲術長は高松宮殿下だった。甲板が狭いため、衛兵隊指揮官の渡辺正通大尉は前後列の間隔を詰め、何日も朝晩練習を重ねて当日に臨んだ。ところが陛下の前で「捧げ銃」の号令をかけた瞬間、緊張しすぎた後列の衛兵が、前列の兵の帽子を銃の先で甲板へはね落としてしまった。式のあと、大尉がどんな咎めを受けるかと士官室で覚悟して待っていると、高松宮がにやにやしながら現れ、陛下が海軍の礼式は最近変わったのかとお尋ねだったぞと告げた。艦長からも何のお咎めもなかったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 ― 軍隊(松谷みよ子・民話・口承文芸)
『現代民話考 ― 軍隊』は、松谷みよ子が編んだ、軍隊と戦争をめぐる現代の民話の集成である。日本民話の会の雑誌『民話の手帖』での呼びかけやアンケート、聞き書きによって寄せられた話をもとに、十五年戦争を中心に徴兵検査から新兵のしごき、戦地、虐殺や飢え、敗戦、収容所、戦犯、軍隊生活の怪談までを収める。巻頭に序文「明日の民話のために」と論考「軍隊考」を置き、十三の部に分けた各話の末に話者と回答者の名と在住地を記す。