雨の羅漢寺で住僧を褒めた吉宗
どんな伝承か
有徳院(徳川吉宗)が鷹狩りで羅漢寺のほうへ出かけたとき、大雨で着物がすっかり濡れたので、休み所の羅漢寺に立ち寄り、裸になって上げ畳の上に座ったまま住僧を召した。天下の主らしく飾らない振る舞いだったという。目通りした住僧が、雨ではあるが獲物が多くめでたいと申し上げると、側近の若い者たちは、出家が殺生の獲物を喜ぶのはおかしいと笑った。これを聞いた吉宗は、出家の身なら殺生は戒めるべきだが、将軍の鷹狩りに獲物があるのを喜ぶのは当然だ、さすが禅僧だと、かえって住僧を褒めたという。
原典より
賢君ある時羅漢寺筋御成之時、大雨にて御召物も悉く雨にぬれ被為成候て、—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。