怪僧墨蹟の事
どんな伝承か
小日向あたりに住む水野家の祖父の代のこと、右筆の家来が門前にいると、通りがかった僧が、今日は書の会に出るので手を貸してほしい、二、三日借りると承知してくれればよいと言った。いぶかりながら承知すると、主人の用で筆をとっても一字も書けなくなった。三日ほどして僧がまた来て礼を述べ、近所が火事の時に床に掛ければ火を逃れるという書き物を置いて去り、右筆の筆はもとに戻った。主人はこれを表装して持ち、近所の火事のたびに掛けると水野家は焼けなかった。ある時は蔵にしまっていて掛ける暇がなく、家は丸焼けになったが、粗末な蔵だけは焼け残ったという。
原典より
其後近隣度々火災ありしが、其度々右掛物をかけ置しに水野家はのがれけるが、或時蔵へ仕廻置、かけ候間も無りければ、家居は不残焼てあやしの蔵なれども残りけるとや。—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。