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追放の父の故郷へ帰った孝子

所在地東京都豊島区
年代寛政期(江戸後期)
登場根岸鎮衛、著者、語り手
出典耳嚢(みみぶくろ)

どんな伝承か

雑司ヶ谷の在のしゃぐし村の百姓が、享保年間に三笠付という賭博をして追放となった。男は妻子を連れて各地を流浪したすえ遠国で病死し、妻も続いて亡くなって、男の子が一人残された。息子は親の故郷へ帰りたかったが、追放された者の子では帰れず、江戸の叔父を頼ったものの叔父も病死した。思い余った息子は自ら箱訴をして願い出た。一、二年の吟味ののち、親の追放から年月がたっていることと子の孝心が賞され、故郷の村へ帰ることが許された。訴えたとき息子は十八、九で、涙ながらに申し立てる姿に評定所の誰もが涙したという。

原典より

右の者自分より箱訴の節、年の頃十八、九にて有しが、涙を流し申立し有様、評定所満座のもの涙を流さざるはなし。—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))

『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。

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