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子らの嘆きで死罪を免れた父

所在地大阪府大阪市
年代寛政期(江戸後期)
登場根岸鎮衛、勝浦屋太郎兵衛、著者、語り手、死罪を免れた大坂の町人
出典耳嚢(みみぶくろ)

どんな伝承か

大坂の町人勝浦屋太郎兵衛は訴訟沙汰から吟味を受け、晒しのうえ死刑と決まった。太郎兵衛には十三、四の娘を頭に、九つと七つほどの子があわせて三人いた。子らは毎日牢屋の門前に来て父の助命を嘆き、番人に叱られ追い払われても聞かず、命も惜しまず昼夜寝食を忘れて嘆き続けた。この次第が奉行に上げられ、江戸へ伺いを立てるあいだ処刑は延ばされ、城代からの伺いを経て死刑は免じられ、追放に改められた。孝心が天に通じるというのは偽りではないと、評定所留役だった著者が救い願いの書類を調べた折に書き留めた話である。

原典より

御城代より伺の上死刑を御免し追放被仰付けられぬ。—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))

『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。

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