誠心によつて神の霊験いちじるき事
どんな伝承か
著者のもとに出入りする若泉是雲の親族で、竹腰山城守の家来の松浦一馬という者の娘は、十六、七歳で清水勤番の某のもとへ嫁いだが、乱心して着物を引き裂き、髪をむしり切るほど暴れたため実家に引き取られた。治療も祈祷もまるで効かず、全快は望めないとして、暴れるときの手当てをするばかりであった。文化の辰の年の春、田舎の出だという山田与左衛門という実直な若党が雇われ、下女から娘の病のようすを聞いて気の毒がった。与左衛門は、毎朝夜明け前に近くの神社へ参りたいと主人に願い出て許され、市谷の八幡に日参を続けた。やがて娘の乱心は治まって元どおり健やかになり、若党の真心が神に通じた霊験だと語られたという。
原典より
予が許へ来れる若泉是雲親族のよし、竹腰山城守家来にて松浦一馬と云へるもの、十六、七才の娘清水勤番何某の方へかた付候に、乱心なして殊之外騒ぎ狂ひ、…—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。