潜竜上天の事
どんな伝承か
文化五年六月十七日、浅草観音の本堂と山門の屋根の上に黒い雲が集まり、その中から燃えさかる火のようなものが立ちのぼって、激しい雨がしきりに降ったという。人づての話だったが、山崎宗篤のところへ来る髪結もはっきり見たと話したので、作り話ではないだろうと宗篤は語った。昔もこうしたことがあって、そのあとに火事が起きたと言い伝えられており、土地の者は恐れていた。これを戒めとして身を慎めば、かえって益になるだろうと思われる。
原典より
文化五年六月十七日、浅草観音の堂上並山門の屋根上に黒雲集り、其内燃る火の如きもの立昇強雨頻りなるを、人の語りしが、…—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。