客を玄関まで見送る亡き母の姿
どんな伝承か
ある夜、語り手が東京府下大久保に住む知人の家を辞そうとすると、玄関に二十八、九歳ほどの女が立っていた。その家で育てられている子どもが提灯を手に見送りに出ると、輪郭のぼやけたその女もいっしょについて来て、別れぎわに手を差しのべたかと思うと姿が消えた。あとで知人に聞くと、女は子どもの母親で、生きていたころは客が帰るたび必ず玄関先まで送って出て、名残を惜しんで手を伸ばす癖があったという。亡くなってからも子のことが気がかりで、その思いが家につきまとっているのだと語り手は考えている。
原典より
三年前或夜東京府下大久保の知人の家を去る時、玄關に二十八九歳の婦人が立つてゐた、知人の家に養育されてゐる子供が提灯を持つて送つて来たが、朦朧たる姿の其婦人も一緒に送つて来て、別れの際は手をのべて其姿は消えた。—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が編んだ幽霊譚と幽霊論の集成で、昭和十三年に文明社から出た。新聞・雑誌の記事や井上円了・柳田國男・高峰博らの所説、古典の文を出典を添えて引き、葬送の習俗や布哇の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜による説明、乃木大将が見た我が子の幽霊などの実話を集める。三篇に分かれ、第二篇は男女の幽霊・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・前知らせなど八項、第三篇は幽霊写真・化物屋敷・霊界通信を扱い、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。