疎遠の幼なじみと郊外で立ち話
どんな伝承か
画家の五彫が語った話である。彼の生まれは前橋で、同地の旧家に同い年の男子がいた。五彫は父が四十二歳のときの子であったため忌まれ、生まれてすぐ里子に出されて拾い親に育てられたが、その家の乳を分けてもらった縁で、十二、三歳ごろまでその男と兄弟同然に親しく交わっていた。五彫が十三歳で東京へ出てからは長く会わず疎遠になっていたが、明治十六年の夏、郊外を散歩中に偶然その男に出会う。男は脚気で衰弱しており、転地療養から一時帰宅したのだと語った。別れて夕刻家に帰ると、前橋から男の死を知らせる手紙が届いていた。死んだのは前夜のことだといい、今朝出会ったのはその幽霊だったのかと、五彫は寒気を覚えたという。
原典より
さては今朝逢ひしは某の幽霊なりしかと思はず寒気を感じたり—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が編んだ幽霊譚と幽霊論の集成で、昭和十三年に文明社から出た。新聞・雑誌の記事や井上円了・柳田國男・高峰博らの所説、古典の文を出典を添えて引き、葬送の習俗や布哇の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜による説明、乃木大将が見た我が子の幽霊などの実話を集める。三篇に分かれ、第二篇は男女の幽霊・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・前知らせなど八項、第三篇は幽霊写真・化物屋敷・霊界通信を扱い、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。