時平を取り殺した菅公の怨霊
どんな伝承か
菅原道真の怨霊は、怨霊のなかでも最もよく知られている。道真の死後まもなく、黒雲が都を覆って雷が昼夜鳴りやまず、人々は菅公の祟りだと恐れ、公卿は誰も殿上へ上らなくなった。左大臣藤原時平は、生前は自分の下にいた者が霊になって何ができるかと、剣を手に紫宸殿の階に立った。しかし藤原菅根が雷に打たれて死に、時平も病に倒れて薬も祈祷も効かない。名高い僧善相に祈らせると、菅公の霊が現れ、怨敵に報いる邪魔をするなと告げた。善相は恐れて退き、時平はついに死に、一族にも死者が相次いだ。
原典より
雷電晝夜を絶たず、人心々々皆以て菅公の祟りとなす、公卿震慄、一人も殿に上るものなし—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
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出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が編んだ幽霊譚と幽霊論の集成で、昭和十三年に文明社から出た。新聞・雑誌の記事や井上円了・柳田國男・高峰博らの所説、古典の文を出典を添えて引き、葬送の習俗や布哇の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜による説明、乃木大将が見た我が子の幽霊などの実話を集める。三篇に分かれ、第二篇は男女の幽霊・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・前知らせなど八項、第三篇は幽霊写真・化物屋敷・霊界通信を扱い、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。