延長八年の落雷に倒れる公卿
どんな伝承か
延喜二十年四月、右大臣の公忠がにわかに息絶え、一日たって生き返った。目を覚まして語るには、頓死して閻魔王宮へ行き、門前にたたずんでいると、身の丈一丈を超える衣冠束帯の人が文を捧げ、延喜帝の仕打ちを訴えるのが聞こえた。それで菅公だと知ったという。帝はひどく驚き、すぐに勅を下して菅公を右大臣に戻し、位を一階進めて正二位とした。年号も延長と改めたが、菅公の霊の怒りはなお収まらなかった。延長八年六月二十六日に雷火があり、大納言藤原清貫は胸を裂かれて死に、右中弁平希世は顔を焼かれて死んだ。藤原是茂は弓矢を手に庭へ出たところを雷に打たれて死に、安曇や紀蔭連らも炎の中で悶絶した。帝もこの時から病みつき、その年の九月に位を朱雀天皇に譲って、まもなく崩じたという。
原典より
延長八年六月廿六日に雷火あり、大納言藤原清貫は胸に裂けて死し、右中辨平希世は面を焼かれて死ぬ—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が編んだ幽霊譚と幽霊論の集成で、昭和十三年に文明社から出た。新聞・雑誌の記事や井上円了・柳田國男・高峰博らの所説、古典の文を出典を添えて引き、葬送の習俗や布哇の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜による説明、乃木大将が見た我が子の幽霊などの実話を集める。三篇に分かれ、第二篇は男女の幽霊・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・前知らせなど八項、第三篇は幽霊写真・化物屋敷・霊界通信を扱い、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。