師を殺した十二人の弟子の悶死
どんな伝承か
那賀郡木頭村宇井の内は今も六戸ばかりの小部落である。戦国の世を避け、六十あまりの聖が草庵を結び、昼は開墾し夜は十二人の弟子に道を説いていた。単調な山中の暮らしに飽いた弟子たちは下山を願い出て叱られ、不満を募らせた末に師を害する相談をまとめた。ある夕、化け物が出たと偽って師を森へ誘い出し、背後から短刀で刺して池へ投げ込んだ。池は血に染まり、のちに血の池と呼ばれた。逃げた弟子たちは和無田から出原、星越峠を越え、平谷へ下る坂で火を焚いていたが、次々に腹を押さえて悶絶し、夜明けには十二人とも冷たくなっていた。村人はこの坂を十二弟子坂と呼んだ。
原典より
やがて朝の白い光が、ヤミを薄めて来たころには十二人ことごとく、悶(もん)絶して、冷たくなっていた。—— 阿波の怪談(横山春陽・郷土怪談・民俗・1958年(昭和33年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波の怪談(横山春陽・郷土怪談・民俗・1958年(昭和33年))
『阿波の怪談』は、横山春陽が昭和三十三年に編み、徳島新聞出版部から発行した郷土の怪談集である。徳島県の各地と土佐との国境の山中に伝わる山女郎、淵や池の主、カッパ、亡霊、火の玉、タヌキやキツネ、大ジャの話を、平安朝の言い伝えから藩政期、明治・大正、昭和の出来事まで、編者が古老に聞き、書物から拾って題ごとに並べる。おわりにでカッパやヘビの話の多い地域や海の話の少なさについて記す。