鉄砲と犬で狸退治に向かう足軽
どんな伝承か
神職久武山城らの三日間の祈祷も、定福寺の昼夜兼行の修法も無効に終わり、差配役たちは思案に暮れた。加持祈祷を続ける第一策と、武断的な鉄血政略の第二策を評議した末、火縄銃を携えた足軽二十人を出陣させる第二策を採用した。二月十一日、鎮圧の惣宰に任じられた植田十蔵と野島馬三郎は郷廻役や足軽数十人を率いて出発し、翌日岩原村へ向かった。途中、足軽たちが数十頭の犬を曳いて来たので理由を問うと、『今度の乱暴は古狸の仕業ゆえ犬の用意が第一だ』と答えたという。
原典より
變態心理患者鎮壓の爲めに、火縄銃を携へた二十人の足軽が堂々と出陣!—— 二つの怪奇な心霊現象(浅野和三郎・1940年(昭和15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
二つの怪奇な心霊現象(浅野和三郎・1940年(昭和15年))
『二つの怪奇な心霊現象』は、浅野和三郎が著し、心霊科学研究会が昭和十五年に発行した記録で、昭和二十七年に再版された。前篇は弘化元年、土佐国長岡郡豊永郷岩原村で村人六十四人が狂乱し、祈禱が効かず藩の役人が空鉄砲と犬で取り押さえた事件を、野島通玄の記録『甲辰奇怪記』の現代語訳で紹介する。後篇は山梨県北巨摩郡穂坂村の旧家の娘かね代に曾祖父横森市兵衛の霊が懸かり、盗まれた不動明王の掛軸が戻った因縁を、著者の調査と甲州訪問記を添えて述べる。