石井ふゆ女の予告的中
どんな伝承か
浅野和三郎の三男三郎は大正四年頃、原因不明の微熱が続く病にかかった。女行者石井ふゆは、三郎の気管支上部に豆ほどの傷ができ治りかけては擦り剝けるためだと透視し、十一月四日には平熱に治ると予告した。約束の日が近づいても病状は変わらず、三十七度台の熱が続いて夫妻は不安に眉をひそめた。だが十一月四日当日、寒暖計は三十分おきに当てても三十六度五分を越えず、正午を過ぎても熱が出なかった。夫妻は思わず「やはり当たった」と凱歌を上げた。三郎はその日を境に元の健康な体に戻り、血色も体重も回復した。石井ふゆは昭和元年の冬に死去したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心靈講座(浅野和三郎・心霊研究・講座・昭和(戦前))
第一講 肉体と霊魂(霊魂問題の科学的考察・催眠術と思想伝達能力/記憶能力/暗示説・生理解剖学と霊魂説・人体は幽霊の宿)に始まり、新霊魂説の擡頭、霊視現象・霊言現象・自動書記現象の検討、結論まで全十講を体系的に収録。各項目の冒頭に【日付】【場所】【人物】【状況】マーカー付きで、近代日本心霊研究の代表的講座を網羅した。