獄中で結ぼうとした科学と宗教
どんな伝承か
火にあぶられても学問上の所信は曲げないと書いたとおり、河上肇はその後も学者として筋を通した。当時は非合法だった共産党に入って地下に潜り、一九三三年一月十六日に検挙されて懲役五年の判決を受ける。服役中も説を変えず、恩赦が近づくたびに転向の告白を促されたが応じなかった。釈放が近づいた頃に当局の求めで書いた『獄中贅語』でも、マルクス主義が学問上の真理であるという一線を譲らなかった。ただしその文章では、宗教的真理と宗教について論じた部分に最も多くの紙数が割かれている。獄中で壁に向かう境遇に置かれ、かつて忘却の淵へ追いやった体験を思い出さずにいられなかったのだと田中千代松は見る。
原典より
「私は今たとひ火にあぶられるとも、その学的所信を曲げがたく感じてゐる」と書いたことにそむかず、経済学者としての彼は、その後まことに真勇を以て終始した。—— 霊の世界 ― 小品集(田中千代松・心霊研究・エッセイ・昭和) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊の世界 ― 小品集(田中千代松・心霊研究・エッセイ・昭和)