藩札の印形で私腹を肥やした長三郎
どんな伝承か
素麺を盗んだのが露顕して牢へ送られた良順は、同じ牢に入れられていた藩の重役広瀬長三郎と親しくなった。長三郎は金奉行のような役で、財政の疲弊した藤堂藩が藩札に一定の印判を捺すと倍額に通用するとした際の捺印係だったが、印形をひそかに家へ持ち帰り、父に買い集めさせた札に捺して暴利を貪ったのが発覚して入牢していた。長三郎は「このまま死ぬのもつまらぬ、牢破りをして逃げよう」と持ちかけ、差入れの火桶を使って閂の内側を二か月かけて焼き削った。雨の夜、二人は閂を折って扉を開け、塀際の松の枝を足がかりに外へ出て別れ別れに逃げた。
原典より
『今度おじの が蹴って、咎人は が重くなるから、おも私も、生命は無いものと思はねばならんが、此のままに死ぬるも ぢゃないか、どうだ一つ楽聴りをして逃げようぢやないか、』—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。