日金地獄
広告枠(AdSense)
どんな伝承か
天正十年師走二十一日、浜松から小田原へ使いに出た朝比奈弥太郎は、供を連れて湯河原から日金越にかかった。峠の日金堂では大きな石地蔵と閻魔・脱衣婆の像が並び、地獄さながらの趣きだった。暗い山道で松明を持った赤ら顔の大入道に呼び止められ、「待っている者がある」と告げられる。まもなく下から白い振袖姿の少女の影が現れたが、直後、道の上手で女の悲鳴と物を打つ音が響いた。
原典より
日本国中到る処に地獄があって、一世の人心を支配し、現世で数多い罪業を犯した者は、死後その地獄に哀れな姿をあらわして、牛頭馬頭の鬼の苛責を受けている比のことであった。—— 日本の怪談(田中貢太郎・河出文庫・明治~大正時代(編纂・出版は20世紀前半推定)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(田中貢太郎・河出文庫・明治~大正時代(編纂・出版は20世紀前半推定))
宝蔵の短刀=怨霊と祟り(日本の怪談)/幽霊の自筆・船頭の霊/義人の姿と因果応報/土佐・各地の怪異/田中貢太郎の怪談
種別から探す
函南町の伝承
広告枠(AdSense)