博覧会を襲った擂鉢山の将門の祟り
どんな伝承か
昭和三年の東京博覧会は、三月二十四日に幕を開けてから災難続きだった。四月五日には第一会場のモーターが過熱して火を噴き、翌日は天井裏の漏電騒ぎ、七日には出品の貴金属が消えた。五月七日には広告用フィルムに火が移って騒ぎとなり、同じ日に長崎から出された鼈甲細工まで盗まれる。九日には陸橋際の売店が賊に押し入られ、十一日にも変圧所でぼやが出た。会場の一角にある擂鉢山は平将門のころの墳墓と伝えられ、ここに建物を建てれば必ず祟るというので、以前の平和博覧会では空地のまま残されていた。その山に放送局の出張所を置いたせいだという噂が、大蔵省の首塚法要に続いて広まった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫版・決定版・昭和13年編纂(1938年))
日本怪談実話(田中貢太郎)/幽霊と怪光の実話/怨霊と祟り・因果/死の前兆と怪音/各地の怪異実話