箱根上空で消えた兵曹の幻
どんな伝承か
大正七、八年ごろ、横須賀航空隊のN大尉とS中尉は陸上偵察機で長距離飛行に出た。帰途、箱根上空で濃い雲とエアポケットに遭い、二百メートルほど急降下した。二十分遅れて戻ったS中尉機の後席からは、同乗のM兵曹が消えていた。以来S中尉は、すれ違う人や練習生の顔がM兵曹に見えるようになり、冬のある日には練習飛行中の後席に真っ青なM兵曹が座っていたと言って倒れた。熱海で静養して翌春に戻ったが、ほどなく墜落して重傷を負い、雲の中でM兵曹の操る機とぶつかりそうになったと語った。その日はM兵曹が消えてちょうど一周忌だった。
原典より
* 怪談黒子禍 (301)* 啞の妖女 (311)* 高尾越の怪異 (313)* 小廝の放火 (316)* 妖怪屋敷 (318)* 自然と鳴る太鼓 (319)* 線香の匂い (321)*…—— 日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。