自殺のたび現れた母の生霊
どんな伝承か
昭和元年五月三十一日午前二時半頃、代々幡署へ二十くらいの顔の蒼褪めた青年が来た。それは山形県の豪農の長男であったが、その四月に郷里の中学校を中途退学して上京し、上渋谷の犬猫病院に見習いとして雇われていた。ところが仕事が激しいので二十四日に逃げ出し、諸所をさまよい歩いているうちに一文なしになった。悲観のあまり、渋谷から代々木付近の山手線で数回自殺を図ったが、そのつど母親の生霊が現れて不心得を責めるので、どうしても自殺ができず、やむなく身の振り方を相談に来たものであった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。