千曲川を泳ぎ渡り須川の池へ消えた赤い牛
どんな伝承か
明治初年、上田城の濠を替え干ししていると、水が膝下まで減ったところで渦が盛り上がり、二本の太い角を持つ真っ赤な牛が半身を現した。人々が逃げ出しかけると牛のほうも驚いたらしく、濠から駆け上がって千曲川に飛び込み、矢のように泳ぎ渡って小牧山を越え、須川の池に姿を隠した。いまもその場で赤い牛を見たという人がいる。語り手は少年のころ父からこの話を聞かされ、作り話だと言って叱られたが、父はいいかげんなことを言う人ではないので、河馬のような水にすむ動物だったのかと考えつつ、日本に河馬がいるとも聞かず説明がつかないと述べている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。