白羽村の少年たちが唱えたかんかんじ
どんな伝承か
静岡県から愛知県にかけては、二月八日と十二月八日の年二回、送り神という行事が行われてきた。榛原郡白羽村でもこの両日に行われ、十五歳前後の少年たちが七日の夕方から親方の家に泊まり込み、翌朝早くから鐘を打ち割った竹を鳴らして、銭も米もかんかんじと唱えながら家々を回り、米や銭をもらって歩いたという。この事例を報告した記録によれば、もともとは疫病を祓う行事だった。著者は「おくり様」との関係を疑って比べたが、時期も中身も違うと退けている。
原典より
送り神 静岡県から愛知県にかけて、二月八日と十二月八日の二度行われる行事。—— ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。