熊村を通った六百人の秋葉道者
どんな伝承か
慶応三年九月八日、秋葉街道の熊村を六百人もの大集団が通り抜け、秋葉山へ登っていった。一行は太鼓や笛を携え、道すがら騒ぎながら銭をまいて進んだと大嶺村の青山家の日記は記す。道で銭をまくのは秋葉参りの道者の慣わしで、子どもたちは、まかなければ種は生えないぞとはやし立てて銭をせがんだという。八月に見送った異装の女たちの一行とは違い、このにぎやかな通過は各地から集まっていた札降りの噂と重なって山村の人々に確信を植えつけ、二日後に大嶺の近くで始まる札降りのきっかけになったとみられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。