夕立のように降った駿府城下のお札
どんな伝承か
慶応三年九月二十九日、駿府城下の安倍町にある般若院に秋葉大権現の札が降り、組頭の長兵衛と源左衛門の二軒にも太神宮のお守りが舞い込んだ。これを皮切りに、記録の言葉を借りれば夕立のように札が降り始めた。十月三日には伝馬町の本陣小倉平左衛門の家に秋葉大権現の札が降り、幟を奉納して町内にお神酒を配ると、代官らも酒肴を送って町中が商売を休むほど賑わった。六日には札の辻町の扇子屋に少将井社の札が降り、江尻や清水からも参詣人が押し寄せ、費用は五十両余りにのぼった。十六日には安倍町の安右衛門の家にも池鯉鮒大明神の守札が降っている。
原典より
九月二十九日、城下の安倍町の般若院に秋葉大権現のお札が降り、組頭長兵衛と源左衛門の両家にはそれぞれ太神宮のお守りが舞い込んだのを皮切りに、記録の文句によれば「夕立のように」盛んに降り始めた。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。