外国人使節が書き留めた縁切り絵馬
どんな伝承か
幕末に来日したスイスの遣日使節エーメ・アンペールは、板橋の榎に掛けられた小絵馬を書き留めている。彼によれば、それは不幸な家庭のために捧げられる木だという。夫婦の仲がうまくいかなくなったとき、相手に知られぬようこの木のもとを訪れ、別れたいという意思を示す。するとやがて何の障りもなく別離が果たされる。願いがかなえば、恩を重んじる夫が、男女が背を向けて地にうずくまる図を描いた額を幹に掛けるのだ、と外国人の目には映った。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
西郊民俗 縁切り榎(長沢利明・西郊民俗シリーズ)
『西郊民俗 縁切り榎』は、長沢利明が東京都板橋区本町の縁切り榎について書いた民俗学の論考である。旧中山道板橋宿の榎が縁切りの神木とされた由来を、『新編武蔵風土記稿』や五十宮下向の際の注進書、身禄伝説、江戸の随筆と川柳、明治の講談本からたどり、樹皮を煎じて飲ませるまじないや小絵馬・祈願文の奉納、今の参拝のようすを記す。後半で足利の縁切り稲荷など各地の類例と比べて婚礼行列が避ける場所のタブーとの関係を考え、末尾に注と文献を付す。