茶店で交わされた縁切り榎の是非
どんな伝承か
明治になっても樹皮を削りに来る人は絶えなかったが、これを冷ややかに眺める者も現れる。松林伯円の講談を写した『新編伊香保土産』には、木の脇の茶店での問答が残っている。老婆は、切れない腐れ縁も皮を削って食べさせれば男女が愛想を尽かす、まれな霊験があるから礼の額が毎日絶えないと言い立てる。傍らにいた開化風の旅人は、道理に合わない野蛮な空言だと切り返す。根はひとつで幹が二つに分かれているから縁切と名づけられただけで、忌まわしい怪木など風呂屋の焚きつけにすればよい、というのである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
西郊民俗 縁切り榎(長沢利明・西郊民俗シリーズ)
『西郊民俗 縁切り榎』は、長沢利明が東京都板橋区本町の縁切り榎について書いた民俗学の論考である。旧中山道板橋宿の榎が縁切りの神木とされた由来を、『新編武蔵風土記稿』や五十宮下向の際の注進書、身禄伝説、江戸の随筆と川柳、明治の講談本からたどり、樹皮を煎じて飲ませるまじないや小絵馬・祈願文の奉納、今の参拝のようすを記す。後半で足利の縁切り稲荷など各地の類例と比べて婚礼行列が避ける場所のタブーとの関係を考え、末尾に注と文献を付す。