神水で子を失い赤飯で近隣を倒した信者
どんな伝承か
昭和九年八月末、中野区の一画で十数人が同時に中毒を起こし、三歳の子がその夜のうちに死んだ。中野署が調べると、原因は迷信にあった。野方町一丁目で湯屋を営む高木重作は、界隈で勢いを増していた某道某団の熱心な信者だった。七歳の一人息子が高熱を出したとき、医者ではなく教会へ走り、教師から神前に供えた水だと言われてうす汚れた水を授かり、そのまま子に飲ませた。子は夜中に苦しみ出し、二時間ののち息絶えた。翌朝も教会を訪ねると、教師は神に召されて家の神になったのだから喜べと言う。高木は初七日の晩に赤飯を炊いて供え、下げ渡された飯を近隣や親族に配った。それが中毒騒ぎの正体だった。
原典より
* 謗法払の結実(仏×講)* おびや許し(天×教)* 生命を蝕む家(生××家)* 逝きし姉に代りて(ひ××みち)* 溺れかけたひ×のみち信者四、暴行危害を蒙つたもの* 不動明王の化身* 心霊会教主の魔手* 人妻の自殺未遂—— 邪教に迷はされた人々(好村春基・浅野研真ほか編・新興宗教・邪教批判・昭和(戦前)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
邪教に迷はされた人々(好村春基・浅野研真ほか編・新興宗教・邪教批判・昭和(戦前))