馬丁宿舎の廊下で手招きした女
どんな伝承か
昭和四十七年夏の小倉競馬場は荒れ通しだった。七月二日の夜、一万六千の客を集めた開催のあと、雨が屋根を叩くなか、競馬場の北にある馬丁宿舎で武田厩舎の馬手島吉美さんが便所に立った。戻ろうとすると、自分の部屋の前に見知らぬ女が立っている。紫地に赤い花を散らした和服に白帯、髪を高く結い上げた三十過ぎの年増だった。声をかけても応じず、三度目にようやく振り向いた顔は美しいが血の気がなく、氷のような目で島さんを見て、来い、というように手招きした。下半身はぼんやりして足がない。雷鳴とともに女は階段下で消え、廊下の雨の跡は部屋の前で途切れていた。
原典より
* 現代に祟る古武士の怨念* 古墳に眠る死者の怒り* 呪われた土地と屋敷* 守護霊に守られた人々* 四次元の世界に住む女* 「死神」を見た人たち* 死の瞬間とその後の世界—— 日本の四次元(鈴江淳也・心霊・四次元・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の四次元(鈴江淳也・心霊・四次元・1973年(昭和48年))
『日本の四次元』は、鈴江淳也が昭和四十八年に著した超常現象の取材記である。幽霊の出る家や競馬場、古武士の怨念、守護霊、心霊写真、新幹線の四次元地帯、心霊治療、物品引き寄せ、てのひら療法、比婆山の怪獣やツチノコ、死後も占う易者犬などを、当事者を訪ねて聞いた話として記す。「幽霊と怨念の世界」から「動植物の驚異」まで六部に分け、あとがきで大陸書房刊『日本の奇談』『現代の怪奇』に続く第三弾と述べ、問い合わせ先を挙げる。