水晶球の娘が望んだ水間観音への晴れ着
どんな伝承か
大阪の主婦、宮田千代子さんは、前夫との間に生まれた娘を六歳で池の事故で亡くした。霊界の娘に会いたいと願い、名古屋の心霊研究家から水晶球の見方を学んで毎日のぞき続けると、やがて球の中に娘が現れ、池に落ちてもがきながら母を呼ぶ最期の様子までが映った。ある日、娘は成仏できないと訴えた。男の子と思い込んで男児の服ばかりそろえ、二、三歳まで着せていたのが恥ずかしく、きれいな晴れ着でなければ行くべき所へ行けないというのである。続いて球に大阪府下の水間観音が映ったので、宮田さんは晴れ着を携えて初めて参り、奉納した。すると球の中の娘は晴れ着姿でにっこり笑ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の四次元(鈴江淳也・心霊・四次元・1973年(昭和48年))
『日本の四次元』は、鈴江淳也が昭和四十八年に著した超常現象の取材記である。幽霊の出る家や競馬場、古武士の怨念、守護霊、心霊写真、新幹線の四次元地帯、心霊治療、物品引き寄せ、てのひら療法、比婆山の怪獣やツチノコ、死後も占う易者犬などを、当事者を訪ねて聞いた話として記す。「幽霊と怨念の世界」から「動植物の驚異」まで六部に分け、あとがきで大陸書房刊『日本の奇談』『現代の怪奇』に続く第三弾と述べ、問い合わせ先を挙げる。