関東大震災の地下室生き埋め
どんな伝承か
関東大震災のとき、横浜の山下町にあった四階建てのイギリス人の商会が潰れ、従業員のひとりが地下室に閉じ込められた。わずかに明り取りの窓からかすかな呻き声が聞こえるだけで救出の方法がない。その明り取りから巡査と市の吏員がゴム管を入れてやり、そこから重湯や牛乳や卵を流し込んでやると、やっと口に届いたとみえてだんだん元気づいていったが、もう人力では策の施しようがなかった。横須賀から砲工兵が来て爆破の計画を立てたものの、発破をかければ何もかも一ぺんに潰れてしまう。居合わせた陸軍の少佐は、助け出せないならいっそ食物を入れず衰弱死させるほうが慈悲だと言い、それから四日目に声はまったく絶えてしまった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私の心霊術(長田幹彦・昭和中期(1940年代~1950年代推定))
幼少期の地獄極楽のぞきからくり(私の心霊術)/心霊術と降霊の実演/作家長田幹彦の心霊体験/交霊と幽霊との接触/明治〜昭和の心霊文化