本陣に降った人を殿様に仕立てた長岡村
どんな伝承か
長岡村では本陣に人が降ったという。翌日には本陣の前に「お蔭中将殿泊まり」と書いた札が立てられた。村役人をはじめ老いも若きも晴れ着に着替えて近くの神社に参詣し、そのあと降ってきたという当人を殿様に仕立て上げて行列を組んだ。樽酒が開けられ飯がふるまわれ、二、三百人が繰り出す賑わいになったと伝えられる。慶応三年の十一月末まで、このあたりでは断続的に札が降り、そのたびに祭礼が繰り広げられていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
長野県史 通史編 第6巻(長野県史)
『長野県史 通史編 第6巻』のうち、第七章第五節「木曽騒動とお札降り」の二「お札降り」の項を収める抜き書きで、冒頭は佐久地方の村方騒動と軽井沢宿の打ちこわしを述べる段の途中から始まる。慶応三年七月に三河で始まったお札降り・ええじゃないかが伊那谷と中山道を経て信濃に広がり、下伊那・上伊那・高遠・諏訪・木曽・松本平・北信の村や宿場で降札と祝祭が起きたさまを、村の記録や日記からたどる。最後に世直りへの期待と維新との関わりをまとめる。