甲山村に降った木版摺りのお祓
どんな伝承か
丹後の熊野郡では、慶応四年の正月から久美浜で降札の騒ぎが始まり、大坂落城の知らせが届くまで続いたという。その近くの甲山村にも伊勢皇太神宮のお祓が降ったが、それは版木で刷り出したお祓であった。同じ郡の出石藩領葛野村では、松林に何度も札が降って祠が建てられ、笛や太鼓の囃しに屋台まで出て、群衆が押し寄せている。熊野郡の騒ぎは二月から三月上旬にかけて頂点を迎えた。
原典より
甲山村にも伊勢皇太神宮のお祓が降り、それは木版摺りのお祓であった。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。