御油宿の八月四日の札降り
どんな伝承か
「ええじゃないか」がどこで始まったかをめぐる研究のなかで、伊藤忠士は、記録で確かめられる最も早い例として、東海道の宿場である三河の御油宿で八月四日に札が降った事例を挙げた。その史料は当時見つかったばかりのもので、これに次ぐのが遠江の見付宿の八月十五日の記録だとされた。その後、七月のうちに三河吉田の近辺ですでに札降りと祝いがあったことが知られ、御油宿の例は最初のものではなくなったという。
原典より
さらに伊藤忠士氏の「ええじゃないか」(三省堂『日本民衆の歴史』第五巻、昭和四十九年)では、「じっさいの記録のうえで確認できるもっとも早い例は、最近史料が発見された東海道の宿場町三河御油宿での八月四日のものである。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。