男女が装いを替えた山田新町の惣参宮
どんな伝承か
宇治山田の山田新町では、慶応三年十月二十一日に外宮本宮のお祓が降り、二十四日に町をあげて遷宮の行事と同じ形式で参宮した。十一月一日には同じ町で再び「惣参宮」が行われ、このときは身分の低い町人も着る物は自由とされ、男は女に、女は男に装いを変えて出かけたという。著者は、ええじゃないかの踊り狂いと参宮は同時にあったもので、二つの別の性格として分けては考えられないとしている。
原典より
十月二十一日に外宮本宮のお祓が降った山田新町は、二十四日に町中で遷宮の催しと同じ形式で参宮している。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。