東塩小路村庄屋家の神酒献上と仮装
どんな伝承か
京都の東塩小路村で庄屋をつとめた若山要助の日記によると、慶応三年十月二十七日、庄屋の家に皇太神宮のお札が降った。すると村の若中から伊丹の酒樽一丁が神酒として献じられ、村じゅうがすっかり浮かれて、思い思いの姿に身をやつして大騒ぎになったという。同じ日記は、このころ降ったものとして、太神宮のほか大黒天・天満宮・住吉・稲荷・地蔵・弘法・毘沙門天などの名を書き留めている。
原典より
若中ヨリモ神酒伊丹樽壱丁献シ候、猶又一統大おどけと相成、色々様々ニ姿をやつし大騒ぎニ相成—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。