加悦谷岩屋村の仮装乱舞
どんな伝承か
与謝郡加悦谷では、十二月五日に算所村の西原家へ大社のお祓が降り、三日間の祝祭が催された。岩屋村では十二月八日から翌年三月七日までのあいだに一〇件の降札がみられる。ここでも降札があると即座に神饌を調え、神棚を設け、新菰を敷いて奉祀し、酒食を用意して居宅を開放した。衣類や寝具まで提供して祝宴を開き、村民は男が女装し女が男装し、夜着を被る者、蒲団にくるまる者、祝袋を冠る者などさまざまな姿で乱舞したという。
原典より
即時神饌を調じ、神棚を設け、新菰を敷いて奉祀し、酒食を用意し居宅を開放し、衣類・寝具などを提供して祝宴を開き、…—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。