松原村大橋家の箱祓降り
どんな伝承か
暗越奈良街道沿いで町場的な性格の強い中河内郡松原村では、慶応三年十月二十八日、代々村役筋の大橋家に箱祓が降った。玄関に祀ると隣村からも供物が集まり、「我も我も」と踊りに来る者でにぎわい、三日間祭りをして四日目に打ち上げの祝いをした。勘定帳によれば村内からの寄進者が多く、若中への酒肴代も支出されており、結局大橋家は差引き四十九貫余りの支出超過であったという。
原典より
この論文によると、松原村は大坂と奈良を結ぶ暗越奈良街道沿いで、町場的性格のつよい村だったが、十月二十八日に、代々村役筋の大橋家に箱祓が降ったので、…—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。