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穴伏の名出家が記した祝いの入用

所在地和歌山県紀の川市穴伏
年代慶応3年(月日不詳)
登場名出家
出典ええじゃないか

どんな伝承か

紀ノ川上流地方の那賀郡では、粉河のほか、月日不詳ながら那賀町穴伏にも降札があった。人びとは木の鉋屑を赤白に染めて四手にし、それを振りながら降札のあった家へ駆けつけ、供物をして幟を立て、踊り込んだ。その家では群衆が踊り込んでくると酒をすすめて振舞ったという。名出家ではこのときの入用として、白米十俵余・酒八丁・大豆八斗・こうのもの・いもたくさん・こんにゃく二荷を記録している。

原典より

名出家ではこの入用として、「白米十俵余・酒八丁・大豆八斗・こうのもの・いもたくさん・こんにゃく二荷」を記録している。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

ええじゃないか(高木俊輔)

『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。

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