神童の物語が花開いた粉河の観音
どんな伝承か
紀ノ川の右岸まで出て、粉河の観音の寺に参拝した。古い同志の逸木盛照師がおられる寺だが上人は留守で、境内は至って森閑としていた。そこらを見巡るうちに懐かしく思われたのは、後代の児文珠、さらには武蔵の深大寺などへ移し伝えられていた神童文学が、ここでは千年も前から既に花やかに展開していたことである。龍宮も寂光浄土も皆それであって、我々は終始、民族固有の幻を透してこの渡来の教法を渇仰してきたのだと記す。絵馬堂には長州の講社の名が多かった。
原典より
懐かしいと思つたのは後代の兒文珠、さては武蔵の深大寺などに、移し傳へられて居た神童文學が、茲では千年も前から既に花やかに展開して居たことである。—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。