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粉河の山西家に降った伊勢の札

所在地和歌山県紀の川市粉河
年代慶応3年(月日不明)
登場山西九兵衛家ほか
出典ええじゃないか

どんな伝承か

紀ノ川沿いの粉河村での出来事で、日付までは伝わっていない。まず山西九兵衛の家に伊勢皇太神宮の札が降り、それを合図のように近隣の多くの家にも降るようになった。人びとは札の降った家へ祝いに出かけ、「奉献天照皇太神宮」と染め抜いた幟をかついで行く者もいたそうだ。「えぢゃ無いかどうでもえぢゃ無いか」あるいは「一たて二立てさゝ立て、注連縄張ったらえちゃないか」と囃しながら踊り込み、そこで酒肴の振る舞いを受けるのが常だった。紀州の騒ぎは王政復古のあと本格化し、翌年二月まで続いた。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

ええじゃないか(高木俊輔)

『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。

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御札降り伊勢神宮紀伊踊り込み注連縄

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