五日続いた丹波村庄屋の祝宴
どんな伝承か
中郡では、橋木村に元日から、丹波村には三日から札が降り始めた。丹波村の庄屋が残した「永代帳」には、三日から七日まで祝宴を張ったことが書き留められている。親類や出入りの者たちからは祝儀に米や銭、酒が届き、村中の者が参詣に訪れては振る舞いを受けた。峰山町域ではどの村でも一、二軒には降ったといわれ、丹波村の藤村惣重郎の家には多数、山本又助の家などにも降ったと記録される。この村ではさらに三月にも降下があり、丹後では四月まで神仏の札降りと手踊りが続いた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。