四十五枚の位牌を背負った老人
どんな伝承か
柳田国男は『明治大正史 世相篇』の「家永続の願い」の冒頭に、一つの新聞記事を引いている。門司では師走なかばの寒い雨の日に、九十五歳になるという老人が傘一本も持たずにとぼとぼと町を歩いていた。警察署に連れてきて保護すると、荷といっては背に負うた風呂敷包みの中に、ただ四十五枚の位牌があるばかりだったという。柳田は、こんな年寄にもどうしても祭らねばならぬ祖先があったのだとし、位牌の漂泊はこの老人にとって身一つの不幸ではなかったと書いている。
原典より
警察署に連れて来て保護を加えると、荷とては背に負うた風呂敷包みの中に、たゞ四十五枚の位牌があるばかりだったという記事が、ちょうど一年前の朝日新聞に出て居る。—— 幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶(川村邦光・1989年(平成元年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶(川村邦光・1989年(平成元年))
『幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶』は、川村邦光が近代日本の民衆の心性をたどった論考で、あとがきは一九八九年十二月の日付である。明治の「血税一揆」の流言、トラホームと〈迷信〉、狐憑きと精神医学、「脳病」「神経病」、座敷牢と精神病者監護法、芦原将軍の誇大妄想と出口なおの神がかり、祖先教と靖国による霊魂の管理を、新聞記事や民話、医学書、調査報告から読み解く。はじめにの後に三部と終章を置き、あとがきで結ぶ。