下郷甚句と安積甚句の相撲決着
どんな伝承か
元禄年間、会津と白河の領民の間に再び布引山の山論が起こり、下郷方面の村々は入会山に入れなくなった。何年経っても埒が明かないので、当時大流行の相撲を取って勝った方の言い分を通すことにし、湯本温泉場に土俵を築いて、下郷と安積の各村代表の力士が集まり大相撲が開かれた。大関相撲は荒砂こと楢原玄蕃と福良雀こと森暁庵の一本勝負となり、軍配は荒砂に上がった。枝松・芦ノ原・湯野上・闇川の村々は勝訴し、従前どおり入山できるようになった。相撲の後、湯本温泉での祝賀会に続く盆踊り大会では、下郷甚句と安積甚句の歌も囃子も踊りもほとんど同じで、人々は奇異に打たれて夜を徹して踊り明かした。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
下郷町史 第5巻(民俗編)――伝説(下郷町(編)・下郷町史)
『下郷町史 第5巻(民俗編)――伝説』は、会津の下郷町の町史民俗編のうち、町内の伝説を集めた第二節である。鏡沼の大蛇や二岐山のダイタンボウ、狼に食われた祖母、湯野上温泉猿湯の由来、高倉宮以仁王と桜木姫・紅梅御前の落人伝説、伊達政宗の戦の悲話、小野の長者と小野観音の金の鰐口などを収める。伝説を自然伝説・歴史伝説・信仰伝説に分け、各話に地名や供養塔・墓・文化財の現状を書き添えている。