千個の丸石を供えた徴兵逃れの祈願
どんな伝承か
二十数年前の新聞に載った話として著者が引く。ある人が用事で駿河の興津へ向かう途中、線路わきの庵原郡倉沢村の天神社に数えきれない灯がともり、石段に人影が見えた。夜更けに何事かと近づくと、村の若者二、三十人が素裸になって潮水で身を清め、石段の両側に百あまりの提灯を吊るし、社前で篝火を焚いていた。若者たちは石段に一列に並び、いちばん下の者から重い丸石を順に手渡して上へ送り、最上段の礼服の男がそれを社前に供えて、千個そろうと一同で合掌した。耳を澄ますと、皆一心に徴兵逃れを願っていたという。
原典より
何事を祈願するにやとよくく近よりてこれを聞くに、はからざりき何れも一心不乱に徴兵のがれの祈願をなすなり、と。—— 迷信の諸相・宗教の真相(井上円了・1916年(大正5年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
迷信の諸相・宗教の真相(井上円了・1916年(大正5年))
『迷信の諸相・宗教の真相』は、井上円了が大正五年に刊行した『迷信と宗教』を、新しい題を付け現代の表記に改めて翻刻した本である。琉球・伊豆七島・壱岐対馬から北海道まで、著者が各地を巡回して見聞した犬神・人狐・河童・狐憑きなどの迷信と、怪火・天狗・幽霊・鬼門・卜筮・家相・禁厭など全国共通の迷信を挙げる。迷信の利害と原因を論じたのち宗教の真相を説き、余論に妖怪学の短編、附録に幽霊鬼神と霊魂不滅をめぐる論を収める。